当社は最近業績もあまりよくありませんので、人員整理を行いたいと思います。何人かの社員に対して退職を勧めたいと考えているのですが、「これをやってはいけない」というようなものはあるのでしょうか。

使用者の行為が「強迫」あるいは「詐欺」と認められれば、一度退職届けが出されても、その意思表示は取り消しうるものとなりますので、注意が必要です。

解説

(1)退職の意思表示と意思表示の瑕疵

使用者が従業員に退職を勧め、従業員がこれに応じて退職の意思表示を行えば、雇用関係が終了するのが原則です。しかし、その意思表示が、使用者の詐欺あるいは強迫によるものであれば、退職の意思表示は「瑕疵=欠陥」のあるものとなり、「取り消しうる」もの、あるいはなかったものとして扱われることになります。使用者は退職を勧めるにあたっては、後になって従業員から「強迫」あるいは「詐欺」だから取り消すあるいは「錯誤」だから無効と言われないようにすることが必要です。

(2)詐欺・強迫とは

詐欺とは虚偽の事実を告げ、相手方を欺もうする行為を言います。具体例としては、会社の財務状況を偽って、従業員を「このままでは会社が倒産する」と思い込ませたような場合が考えられます。 強迫による意思表示とは、違法に害悪を示して畏怖を生じさせられて、これに基づいてなした意思表示を言います。
詐欺も強迫も、自由な意思でなされたものではありませんので、取り消しうるものとなります。
従業員が後になって退職の意思表示は取消たので、会社との雇用関係は継続していると主張するのは、この「強迫」を理由とすることが多いと思われます。

(3)錯誤とは

例えば1000円の商品を1万円と言い間違えるように表に出ている意思と内心の意思が違っている場合をいいます。
「形の上だけだから」ということで退職願を出させたようなときがこれに当たると思います。

(4)具体例

使用者が「強迫」を行ったかどうかが争われた事件は、過去にいくつかありますが、多いのは「退職しなければ解雇する」と言ったことが強迫になるかというものです。
解雇については、判例は厳しい制限を課していますが、その要件を満たしている限りにおいては(つまり、真実解雇できる場合であれば)そのように述べて退職を促すことも「違法に」害悪を告知したことにはならず、強迫とは言えないというのが判例の考え方です。
これに対して、「強迫」と認められた例としては、病気で欠勤があけて間もない女性に対して、午前8時30分から、午後7時頃まで手洗いに行く以外には応接室から出さずに「退職願いを書かない限り家には帰さない」、「どうしても組合活動の事が言えないならば懲戒解雇しなければならない」等退職願いの提出を執拗に迫った行為は強迫であるとして、退職を無効とした判決があります。このような場合には使用者は「不法行為」として損害賠償責任も負担しますので、注意が必要です。

文例

〈文例〉辞表
〈文例〉辞表

ワンポイント
早期退職者優遇制度の導入の方法・効果
最近早期退職者優遇制度を利用して余剰人員の削減に努める企業が多くあります。「早期退職者優遇制度」といっても社会的な制度ではなく、各企業が自主的に行っている「人員削減手段」であり、その本質は「自己都合退職者の募集」に過ぎません。
長引く不況や、仕事のアウトソーシング化、あるいはIT化により、「人余り」現象は多くの企業でみられるところです。「人員を削減したい」と判断した企業が、従業員や組合との摩擦を回避するには、「解雇したのではなく、自発的に辞めてもらう」手段として退職希望者を募ります。その際、会社の就業規則などに定められた「自己都合退職の場合の退職金規定」に上乗せした金額を支払うことにして募集することから「優遇制度」といわれています。
例として
優遇制度の対象者 40歳代、勤続20年以上の正社員
優遇期間 平成12年8月1日から同年12月末日までに申出た者(ただし、30名に到達した段階で終了)
優遇措置 就業規則に定める自己都合退職金に1年分の年収を加算した額を退職金として支給する。
「早期退職者優遇制度」は摩擦なく企業人員の削減ができるという利点がありますが、以下の欠点も指摘されています。
(1)コストがかなり必要になる。人員削減は長期的には利益であるが、短期的には資金面が厳しい。
(2)能力がある優秀な人材まで社外に流出する。
(3)残った社員が、「次はいよいよ整理解雇か」と不安になる。
企業として導入を検討しているのであれば、このような欠点をできる限り少なくする方策を講じてから行うべきでしょう。

参考法令等

民法96(詐欺・強迫により意思表示の取消)
東京地裁 昭42・12・20 旭工学事件判決

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