企業法務の基礎 Q&A | 第一法規株式会社

△ 株主総会の議事運営上、議長の発言としてどのようなものを想定しておけばよいでしょうか。

△ 株主総会での議長の発言には、株主総会の議事を円滑に進めるという目的のためだけではなく、株主総会決議の有効性を担保するという重要な意味もあります。
そこで、事前の準備としては、発言の性格に従って分類した上でカード化しておくとよいと思われます。

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1 株主総会における議長の発言

会社法315条1項において、「株主総会の議長は、当該株主総会の秩序を維持し、議事を整理する」と規定されていますが、株主総会における議長の発言としては、①株主総会の秩序維持に関することと、②議事の整理に関することと大きく2つに分けられます。後者はさらに、株主の質問に対する処理と、動議に対する処理の2つに分類することができます。
以下それぞれの分類に従って、具体的な発言内容とその法的な意味について説明をします。

2 秩序維持のための発言

(1) 不規則発言をする者や株主総会の会場で暴れる者がいた場合に、その者を牽制し、株主総会の議事進行を円滑にさせるための発言です。一時期からすれば、このようないわゆる「総会荒らし」の数も減少してきてはいますが、いまだに株主総会を荒らすことを「職業」としている者が存在することも事実です。
このような者が万が一株主総会に来た場合に、その者を排除して、議事が円滑に進むようにすることも、議長の大きな役割であることを含んでおく必要があります。
(2) 秩序を維持するための議長の発言は、①注意、②警告、③退場命令の3段階のものが考えられます。
① 注意とは、たとえば、不規則発言をする者に対して、「不規則発言は慎んでください」などと不規則発言者を牽制するためのものです。
② 警告とは、議長の指示に従わないときには、会場から退場させる旨を警告するものです。「議長の命令に従わないと退場になります」などの用例が考えられます。
③ 退場命令は、議長の指示に従わない発言をした者その他株主総会の秩序を乱す者を会場から強制的に退場させる命令です。「議長の指示に従わないので退場です」などの用例が考えられます。
この退場命令が出された場合には、命令を受けた者は会場から退場すべき法的義務が生じるので、もし命令に従わずに会場に居座った場合には警備の者の強制力を働かせて(ただし、「腕をつかむ」などの軽微なものに限ります)会場から排除することができます。 また、退場命令は、刑法上の不退去罪(刑法130)の退去要求にもなりえます。不退去罪とは、建物の管理者から退去の要求を受けたにもかかわらず、退去しないという不作為によって犯罪を構成するというものです。退場命令は、不退去罪にいうところの退去要求に該当するので、退場命令が出されたにもかかわらず、退去しないというのは正に不退去罪を構成します。これにより、警察が対応することもできるようになるのです。 退場命令は、②の警告をした上でなければ出せないのかという議論があります。原則的には退場の警告をした上でなければ退場命令は出せないものと考えておいた方がよいですが、警告をしても効果のないことが一見明白であるとか、株主が暴れるなど、議場の混乱が甚だしいようなときには、警告をしないで、いきなり退場命令を出しても差し支えないと考えられます。

3 株主の質問に対する処理

株主から質問があった場合に、そのまま回答するときには何ら問題はありませんが、回答を拒否する場合には、回答を拒否する理由を付する必要があります。
そのときに理由を説明するのは、議長の役割です。
会社法314条において取締役の説明義務が規定され、この説明義務に違反すると株主総会決議取消しの事由(会社法831)となりますので、株主の質問に対して正当な理由がなければ、会社側は回答を拒否することはできません。回答を拒否する場合は、回答を拒否する理由も付する必要があります。
回答を拒否することができる正当理由の詳細な解説については、設問「第1編第17章 株主総会の議事運営〈説明義務〉」において行われていますので、ここでは概括的に説明をします。
会社法314条ただし書および会社法施行規則71条には、回答を拒否することができる正当理由として、①質問が株主総会の目的である事項に関しないものであるとき、②株主の共同利益を著しく害するとき、③説明を行うには調査が必要であるときと例示されています。これらを理由に拒否する場合には、たとえば①「ただいまの質問は、本会議の目的事項とは関連しませんので、回答は差し控えます」、②「回答することは株主様の共同の利益を著しく害しますので、回答は差し控えます」、③「ただいま手元に資料がなく、回答には調査を要しますので、回答は差し控えさせていただきます」など、正当理由の結論のみを示せばよく、なにゆえに株主の共同利益に著しく反すると考えるかなどの詳細な説明は不要です。
その他、回答を拒否することができる場合として、「○○という判決が出たが、どのように考えるか」などの法律的な見解を求める質問や、「来期の業績の予測は」など将来の事項についての質問の場合などが考えられます。
これらについても、「総会は法律上の議論をする場ではございません」「将来の予測についてはお答えしかねます」など、拒否する理由を結論のみ端的に答えれば足ります。

4 動議に対する処理

動議とは、会議体において、その構成員から提出され会議で討論、採決に付される提案をいいます。動議の詳細については、「第1編第17章 株主総会の議事運営〈動議〉」で解説されていますので、ここでは概括的に説明します。 基本的なこととして押さえておくべきことは、株主が動議として提案しているものすべてを動議として取り上げなければならないということではありません(取り上げなくてよい動議も存在します)が、取り上げなければならない動議については必ず、議場に諮らなければならないということです。すなわち、動議を議場に諮らなかったということのみで、手続に違法が存在することになり、株主総会決議取消しの事由(会社法831)になります。
しかし、手続的動議(議長不信任の動議など)であれ、議案に対する動議(議案の修正動議)であれ、動議というものは会社側ないしは議長に対して友好的ではない株主から提出されるものですから、実際上の問題としては、動議について慎重に審理すべきかどうかについてはケース・バイ・ケースで判断し、その必要がなければ、淡々と手続を進めるべきであると考えます。一例として、議長不信任の動議を取り上げてみます。
議長不信任の動議に対して、議長としては、「ただいま、株主より議長不信任の動議が提出されました。私としては議長をこのまま続けたいと存じますがご異議ございませんか」と議場に諮り、議場から「異議なし」としてもらえば、動議処理は終了です。この場合、議長不信任動議を提出した株主に対して、不信任の理由の説明をさせたり、議長を信任してほしい理由を述べることなど、議論をすることは不要であると考えます。


【参考法令等】

会社法314(取締役等の説明義務)
会社法315(議長の権限)
会社法831(株主総会等の決議の取消しの訴え)
会社法規71(取締役等の説明義務)
刑法130(住居侵入等)

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