企業法務の基礎 Q&A | 第一法規株式会社

△ 取締役の善管注意義務について、教えてください。
また、監査役設置会社においてですが、内部統制システムと善管注意義務との関係についても、同様に、教えてください。

△ 取締役は、会社との委任関係に基づき、会社に対して善良なる管理者の注意を払う義務を負うとされています。これを善管注意義務といいます。
会社法上、大会社においては、内部統制システムの構築を取締役(取締役会)において決定することが要求されるところ、決定さえすれば、その内容の当否にかかわらず、当該規定に違反することにはならないものといえます。もっとも、その内容が、株式会社の事業規模、特性等に照らして適切でない場合、取締役の善管注意義務違反の問題が生じます。他方、内部統制システムの構築を決定しない場合、当該規定に違反することになります。
これに対し、大会社以外の株式会社においては、会社法の明文上は、内部統制システムの構築について義務づけられていません。もっとも、内部統制システムの構築については、取締役の善管注意義務の一環として求められるものですので、適切な内部統制システムの構築を怠った場合、取締役は善管注意義務に違反することになります。

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1 善管注意義務

株式会社と取締役との関係は、委任に関する規定に従うと定められています。そして、ここでいう委任に関する規定において、民法は、受任者の注意義務として、受任者は委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理する義務を負うと定めています。
これが、取締役の善管注意義務です。
この善管注意義務については、行為者の有している個別的・具体的な能力・注意力とは関係なく、行為者が従事する職業や地位に対して通常期待される一般的・抽象的な注意義務をいうと考えられています。また、取締役の負う注意義務の程度は、通常のあるべき取締役、換言すれば「当該企業および取締役の属する業界における通常の企業人」として期待される程度を基準に判断すべきものであると考えられています。
なお、会社法は、この善管注意義務とは別に、忠実義務(取締役において、法令および定款ならびに株主総会の決議を遵守し、会社のため忠実にその職務を行わなければならない義務のことをいいます)が定められています。この忠実義務については、善管注意義務を敷えんし、かつ一層明確にしたにとどまるものであって、通常の委任関係に伴う善管注意義務とは別個の高度な義務を規定したものではないというのが判例です。
そして、取締役が、上記のような義務を負っている以上、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負うと定められています。
取締役の善管注意義務違反が問われた事例は数多く見受けられます。たとえば、取締役会決議に基づき他社のコマーシャルペーパーを引き受け、金銭を払い込んだ後、当該他社の破産手続が開始された結果、その償還を受けられなくなり、同額の損害を被ったとして、引受決議に賛成した取締役の善管注意義務違反が認められた事例、会社が保有していた他社の株式を取締役が廉売したことについて、その判断過程にも判断内容にも著しい不合理が認められることは明らかであるとして、取締役としての任務懈怠責任が認められた事例などがあります。

2 内部統制システム

内部統制システムの構築については、取締役の善管注意義務の一環として求められるものと考えられています。すなわち、会社の事業規模、特性等に照らして適正な内部統制システムを構築し、また、運用することが取締役の善管注意義務の内容として求められていると考えられているのです。
もっとも、会社法の規定にて、大会社・委員会設置会社において、取締役(取締役会)は、いわゆる「内部統制システム」について決定しなければならないと定められています。
このように内部統制システムの構築に関する決定は、会社法上は、あらゆる会社において必要的に決定することを義務づけられていませんが、決定の重要性にかんがみ、決定するとすれば取締役全体または取締役会の決定事項とされています。
そして、いわゆる内部統制システムとは、「取締役の職務の執行が法令および定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制」のことをいいます。
そして、監査役設置会社における内部統制システムについては、執行側が構築する内部統制と、監査役を補助する体制とに区分できます。
なお、内部統制システムにおける具体的な整備内容については、経営判断の問題であり、取締役に広い裁量が与えられ、各会社がそれぞれ独自に決定することになります。

3 裁判例等

(1) 大和銀行株主代表訴訟事件
大和銀行ニューヨーク支店巨額損失をめぐる株主代表訴訟判決では内部統制システムについて、次のように指摘されています。
「健全な会社経営を行うためには、目的とする事業の種類、性質等に応じて生じる各種のリスク、例えば、信用リスク、市場リスク、流動性リスク、事務リスク、システムリスク等の状況を正確に把握し、適切に制御すること、すなわちリスク管理が欠かせず、会社が営む事業の規模、特性等に応じたリスク管理(いわゆる内部統制システム)を整備することを要する。そして、重要な業務執行については、取締役会が決定することを要するから、会社経営の根幹に関わるリスク管理体制の大綱については、取締役会で決定することを要し、業務執行を担当する代表取締役及び業務担当取締役は、大綱を踏まえ、担当する部門におけるリスク管理体制を具体的に決定すべき義務を負う。
この意味において、取締役は、取締役会の構成員として、また、代表取締役又は業務担当取締役として、リスク管理体制を構築すべき義務を負い、さらに代表取締役及び業務担当取締役がリスク管理体制を構築すべき義務を履行しているか否かを監視する義務を負うのであり、これもまた、取締役としての善管注意義務及び忠実義務の内容をなすべきものと言うべきである。」
(2) 神戸製鋼所利益供与事件に関する株主代表訴訟事件
本事件について、神戸地裁所長による次のようなコメントがあります。
「神戸製鋼所のような大企業の場合、職務分担が進み、ほかの取締役や従業員全員の動静を正確に把握することは事実上不可能で、取締役は、利益供与のような違法行為や企業会計規則をないがしろにする裏金捻出が行われないよう内部統制システムを構築すべき法律上の義務がある。企業トップの地位にありながら、内部統制システムの構築を行わないで放置してきた代表取締役が社内の違法行為を知らなかったという弁明をするだけで責任を免れることができるのは相当でない。
違法行為に直接関与しなかった取締役だったとしても、内部統制システムの構築やそれを通じての社内監視を十分尽くしていなかったとして監視義務違反が認められる可能性もある。」

4 内部統制システムの構築と善管注意義務との関係(監査役設置会社)

(1) 大会社の場合
会社法上、大会社において、取締役(取締役会)は、いわゆる「内部統制システム」について決定しなければならないと定められています。したがって、内部統制システムの構築を取締役(取締役会)において決定すれば、その内容の当否にかかわらず、当該規定に違反することにはならないものといえます。もっとも、その内容が、株式会社の事業規模、特性等に照らして適切でない場合、取締役の善管注意義務違反の問題が生じます。
これに対し、内部統制システムの構築を取締役(取締役会)において決定しない場合、当該規定に違反することにはなります。
(2) 大会社以外の株式会社の場合
大会社以外の株式会社においては、会社法の明文上は、内部統制システムの構築について義務づけられていません。
もっとも、内部統制システムの構築については、取締役の善管注意義務の一環として求められるものですので、適切な内部統制システムの構築を怠った場合、取締役は善管注意義務に違反することになります。


【参考法令等】

会社法330(株式会社と役員等との関係)
会社法362⑤(内部統制システム構築義務)
会社法423①(役員等の株式会社に対する賠償責任)
会社法施行規則100①(執行側が構築する内部統制)
会社法施行規則100③(監査役を補助する体制)
民法644(善管注意義務)

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