取締役の報酬額を決めるにあたって,注意すべき点はありますか。

会社法上の手続きを遵守する必要があることはもちろんですが,具体的な報酬の金額を定めるにあたっても,取締役には善管注意義務が課せられる場面があるので,注意が必要といえます。

解説

1 取締役の報酬決定の方法
会社法361条1項1号は,取締役の報酬,賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(報酬等)について,定款または株主総会において額が確定しているものについては,その額を定めるべきものと規定しています。
これとは別に,取締役の報酬等に関し,確定金額以外の方法による定めとして同項2号では,金額が不確定である取締役報酬については,定款または株主総会決議において,その具体的な算定の方法を定める必要があると規定されています。
また同項3号では,非金銭での取締役報酬については,同様にその具体的な内容を定める必要があると規定されています。
なお,委員会設置会社の場合は,これらについて報酬委員会で定めることが求められます(会社法404③,会社法409①)。
いずれも,取締役の報酬の決定について,何ら規制がないまま取締役が決定できることとしてしまうと,取締役が自身の報酬を不相当に高額なものとする「お手盛り」を防ぐことを目的とされ設けられた規制であるということができます。
一般的には,定款で報酬の額を定めるより,株主総会決議で定めることが多いと思われます。しかし,そうであるといっても,取締役の報酬の決定は,取締役の業績や活動実績の評価をどのようにすべきか等を会社の財政状況等の諸状況を踏まえて算出しなければならず,多分に専門的,技術的要素を含むものですから,株主総会決議において取締役個人の支給金額を確定的に定めるには,困難な側面もあるため,実務においては,株主総会で報酬の年額または月額の上限を定めた上で,その枠内で配分を取締役会の決定に一任するという運用が定着しているといってよいでしょう(昭和60年3月26日最判・判時1159号150頁等)。さらに言えば,上記の配分について,取締役会がさらに代表取締役などに,決定を再一任することも多く,そのような運用については,本当に客観性の担保が可能かなど批判もあるところですが,判例上許容されています(昭和31年10月5日最判・ジュリ121号88頁)。
近年,業績連動報酬の導入など,報酬形態なども様々なものが考えられる昨今,報酬決定の在り方は,会社の中長期的な価値の形成にも大きくかかわるという観点からも,報酬の決定は,取締役の重要な職務の執行であるといえます。したがって,取締役は,株主総会で与えられた報酬の枠内で無制限の裁量があるのではなく,他の職務を遂行する場合と同様に,善管注意義務および忠実義務を負うことになります。(会社330,民法644,会社355)
この点,報酬の決定を代表取締役に再一任した場合について,当該代表取締役には,具体的な報酬額を決定するにあたり,他の職務を遂行する場合と同様に,善管注意義務や忠実義務を尽くす必要があり,これらに違反して会社に損害を与えたときには,損害賠償義務を負うと判示した裁判例として,平成30年4月12日東京地判・金判1556号47頁が挙げられます。

2 参考裁判例
取締役の報酬の決定に関する裁判例としては,上記のとおり,東証一部上場企業が平成26年11月期における代表取締役の報酬額の決定方法について,同社の株主が,代表取締役およびその他の取締役の善管注意義務違反があったとして,損害賠償を求めた事案について,代表取締役やその他の取締役には,具体的な報酬額を決定するにあたり,他の職務を遂行する場合と同様に,善管注意義務や忠実義務を尽くす必要があり,これらに違反して会社に損害を与えたときには,損害賠償義務を負うと判示した裁判例に平成30年4月12日東京地判・金判1556号47頁があります。
本件では,株主総会の招集通知にあった取締役報酬の増額議案の提案理由において,「事業の買収等に伴う経営環境の急激な変化による取締役の役割と責任が飛躍的に増大したこと」,「取締役は今後最大で20名まで増員される可能性があること」,「その他諸般の事情」等をあげ,これまで年額10億円の総額であった報酬の総額を年額30億円に改める旨を記載していました。なお,同招集通知には,「改定後の報酬額総額に従って報酬額を急増させることを企図したものではなく,将来の取締役の増員への対応や取締役の貢献意欲や士気を高めることに主眼を置くもので」あること,「実際の取締役の報酬額の決定は,当該時点における当社の売上及び利益その他諸般の事情を考慮の上行う予定です。」と記載があります。
そして,実際に株主総会においても取締役の報酬総額を30億円以内とする決議がなされ,直後の取締役会で,当該報酬額の決定を同社代表取締役に一任する決議がなされました。代表取締役は,これに従い,自己の報酬を合計約26億5,000万円,取締役報酬総額を約28億4,996円とする案を出したところ,外部の弁護士に照会を行った結果や同社の管理本部の検討結果等を他の取締役が協議した結果を踏まえ,最終的に同社の代表取締役は,自己の報酬を約14億円,取締役の報酬総額を約16億2,500万円と決定しました。なお,当時の業績について,本件報酬決定の時点では,当期純利益約5億円と予想されていましたが,実際には,当期純損失が約4億円となっています。
上記の状況を踏まえ,同社の株主は,本件の報酬決定は,株主の合理的意思に反し,善管注意義務等に違反するものとして,損害賠償を求める株主代表訴訟を提起しました。
裁判所は,「取締役会から各取締役の報酬額の決定を再一任された取締役は,具体的な報酬額を決定するに当たり,他の職務を遂行する場合と同様,善管注意義務及び忠実義務を尽くす必要があり,これらの義務に違反して会社に損害を与えたときは損害賠償義務を負うと解するのが相当である。」ことや他の取締役について,「著しく不合理な報酬決定をしないよう相応の働きかけ」をすべき義務について述べるなど,取締役の報酬決定について,法的責任が生じうることを明確に述べています。
もっとも,裁判所は,「各取締役の業績や活動実績をどのように評価し,当該取締役に対してどの程度の報酬を支給すると決定するかといったことは極めて専門的・技術的な判断である上,こうした評価・決定により,取締役をどのように監督しあるいは取締役にインセンティブを付与するかといった判断自体,…(著者略)…経営判断」であることから,「取締役会ないしそこから再一任を受けた代表取締役はそうした評価・決定をするにつき広い裁量を有する」こと,権限の適正な行使については,「基本的には,株主総会における取締役の選任・解任の過程を通じて,株主が決すべきものであること」とし,損害賠償責任が認められる場合とは,「報酬決定に至る判断過程やその判断内容に明らかに不合理な点がある場合」に限られるとの判断枠組みを明らかにしました。
本件では,報酬総額改定の提案理由に,「①改定後の報酬額総額に従って報酬額を急増させることを企図したものではないこと」,「②将来の取締役の増員への対応や取締役の貢献意欲等を高めることに主眼を置くものであること」との記載があることを認定し,これらに着目すると,報酬総額を改定した直後に,本件のように報酬額を引き上げる決定をしたことについて,「整合性には疑念を差し挟む余地がある」としながらも,提案理由のその余の記載や,当時の会社の状況に照らし,業績を踏まえた決定がなされていないということができず,上記の点のみで株主の合理的意思に反すると認められないとし,また,管理本部や外部の弁護士の意見も踏まえ,リスクの協議を行った上で報酬が決定されている等の事情に照らすと,本件の代表取締役について法的責任が生じるとはいえず,その他の取締役についても,代表取締役が著しく不合理な報酬決定をしないよう相応の働きかけをしたということができると評価した上で,原告の請求を認めませんでした。
このように,結論として本判決は,代表取締役の報酬金額決定およびその他の取締役の監督について,広い経営裁量を有することを前提に,提案理由の記載,報酬決定の過程等の諸般の事情を考慮した上で,具体的事案の判断としては適法であるとの判断を下しています。裁判所の立場としては,取締役の権限行使の行方は,第一義的には,会社の所有者である株主の選任権,解任権の行使を通じて決するべきとの立場から,これまでの経営判断原則(平成22年7月15日最判・民集234号225頁等)と同様,報酬決定の場面についても,取締役の広い経営裁量を前提とした審査を行うことを明確にしたといえます。
しかし,取締役による報酬決定については,個別事情次第で,裁量の限界として,「違法」になりうることも示唆しています。また,一度裁判となれば,裁判所の事実認定として報酬決定の過程も含め,詳細に検証されうることも留意しなければなりません。会社としては,いずれにせよ,報酬決定の過程および内容について,株主を含むステークホルダーに対する説明責任を十分に果たせるよう,透明性に配慮し,場合によっては,善管注意義務および忠実義務違反の責任を問われうる場面があることに留意した上で,決定を進めていかなければならないでしょう。

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